Inu-to-Neko blog.

【実際の治療例】人用の頭痛薬を誤飲してしまって「急性腎不全」を発症したポメラニアン。

こんにちは、獣医師Aです。

今回は不運にも人用の頭痛薬(皆さん聞いたことのあるヤツだと思います)を拾い食いし、その後中毒を起こし「急性腎不全」になってしまったポメラニアンちゃんの2ヶ月に及ぶ治療の全てを解説していこうと思います。

犬の誤食はよくあるトラブルの一つですが、対処を間違えれば命に関わることも十分にありえますので、この記事が少しでも皆さんの参考になればと思います。

目次

犬の誤飲(誤食)について

誤飲という言葉にはあまり聞き馴染みがない方も多いかもしれません。要するに、本来は犬が食べてしまうべきではないモノを飲み込んでしまった場合に、それを「誤飲」と表現します。

誤飲が原因となる悪影響は大きく2つに分かれます。

  1. 物理的な悪影響:消化管閉塞、気道閉塞など
  2. 化学的な悪影響:中毒

物理的な問題

消化できないような大きな異物を誤飲した場合には、小腸に詰まってしまったり、気管に入ってしまったら呼吸困難になることもあります。

腸を通過してくれるぐらいの小さなサイズの異物なら、便といっしょに排泄されるまで様子見することもありますが、危険なサイズ・形状の場合には獣医師による処置が必要になります。

吐かせられるものであれば催吐処置をすることもありますが、難しい場合には麻酔をかけて内視鏡による摘出か、それでも難しければ開腹手術になる可能性もあります。

化学的な問題

人間にとっては無害でも犬にとっては有毒となる物質もけっこう多かったりします。

有名なところで言えば、ネギ類・チョコレート・ぶどう・キシリトールなどがありますね。

それぞれの物質によって出てくる症状は異なりますが、共通して嘔吐・下痢・食欲不振などが一般的です。

上記の有名どころに比べるとやや認知度は劣りますが、人用の頭痛薬の多くが犬と猫にとっては中毒を引き起こすことが知られています。

頭痛薬にはたいていイブプロフェンやアセトアミノフェンといった解熱鎮痛を目的とした化学物質が含まれていますが、これらは量によっては消化器障害・腎障害や神経症状を引き起こすことから、動物にとっては大変危険なモノになるんです。

実際の経過と治療

第1病日

1才のポメラニアン、普段は活発で元気な子ですが昨日から嘔吐を繰り返しているとのことで来院されました。食欲や元気はあるけれど食後数十分で未消化物を嘔吐する状態が続いているそうです。飼い主さん曰く、特に異物の誤飲は疑われないとのことでした。

飼い主さんとの相談の上、この日は吐き気止めの注射を打って、内服薬と高消化性の療法食で数日間治療することになりました。一過性の急性胃腸炎であれば、このような治療を数日続ければ改善する可能性が高いです。

第4病日

嘔吐の頻度は減ったものの一日に一回程度は継続しているとのことです。食欲はいつも通りですが、飼い主さんから見るといつもより若干元気がないかな?という気がしていたようです。

単なる胃腸炎だけが原因ではない可能性も考えて、血液検査と腹部レントゲン検査を飼い主さんに提案し実施することになりました。しかし、この時点では検査上の異常はまったく見当たりませんでした。

この日は皮下点滴をして、内服薬と療法食の治療を継続することになりました。

第8病日

嘔吐は止まったものの黒色便が見られるようになり、さらに食欲が激減してしまいました。この時点で明らかな体重減少が認められました。

確実に体の中で何か重大な問題が起こりつつあることを確信し、先日の検査では異常がなかった血液検査を再度実施させてもらいました。その結果、高窒素血症、高クレアチニン、高リン血症、白血球増加を認めました。

血液検査所見
  • BUN:127 mg/dl
  • P(リン):12.1 mg/dl
  • Cre(クレアチニン):3.6 mg/dl
  • WBC(白血球数):45,600 /μL

こうなってくると緊急的な治療が必要になってきます。高窒素血症が起こるケースは腎臓に問題があるのか、あるいはそれ以外の問題によって引き起こされているのかの鑑別が必要になりますが、今回のケースでは各種検査結果からおそらく腎臓そのものに障害が発生しているものと診断しました。

若いイヌで急性の腎障害となると、真っ先に疑われるのは異物接種による中毒ですが、こればっかりは飼い主さんに聞いてみないことには確定できません。先日のお話では異物の誤飲はなさそうとのことでしたが、再度記憶をたどってもらうことにしました。そこで浮上した一つの原因が、「人用頭痛薬を食べてしまった?」という可能性です。

多くの人用頭痛薬に含まれている「イブプロフェン」や「アセトアミノフェン」はイヌやネコなどに以下のような中毒作用を引き起こすことが知られています。

  • 胃腸障害:嘔吐や下痢、消化器潰瘍など
  • 腎臓障害
  • 肝臓障害
  • 神経障害:痙攣、意識障害など

仮にこのような中毒を起こしてしまったと考えれば、初期の嘔吐や後から発症した黒色便や腎障害、すべての辻褄は合うことになります。実際に現在中毒症状によって体調が悪化しているのかどうかを確定診断することは困難ですが、様々な状況証拠から類推して「イブプロフェン中毒」と診断し治療を進めていくことになりました。(後にイブプロフェン入りの頭痛薬を食べ散らかした残骸が発見されたそうです…)

さて、ここでようやく治療方針を固めていくわけですが、急性腎障害の場合は点滴や制吐剤などによって支持療法をしつつ腎機能の回復を待つことが一般的ですが、飼い主さんの意向やお仕事の都合を考慮して長期入院はせずに日帰りでの点滴と内服薬を組み合わせて、できるだけワンちゃんにストレスをかけない方法で治療していくこととなりました。

この日は夜まで静脈点滴をして夜にはお家に連れて帰っていただきました。

第9病日

朝から来院していただいて、日帰りの点滴治療をおこないました。食欲はまだ戻らず状態もあまり変わっていませんでした。

第10病日

この日も前日同様に日帰りの点滴治療をおこないました。いつも連れて来てくださるお母様が仕事で来れないときには他のご家族が連れて来てくださって、家族総出で真摯に治療に取り組んでくださっているのがとても伝わってきました。

第12病日

食欲はまだ戻りません。血液検査では腎数値に改善の兆しが見えてきました。この日も日帰りで点滴を実施しました。

血液検査所見
  • BUN:58 mg/dl
  • P(リン):7.7 mg/dl
  • Cre(クレアチニン):2.1 mg/dl
  • WBC(白血球数):39,600 /μL

第14病日

食欲はまだ戻らず、体重も減少し続けています。嘔吐はなく、排便も問題ないとのことです。たまに気が向くと大好きなクッキーは食べてくれるそうですが、ある程度は高栄養の療法食を強制給餌してもらっています。

血液検査の結果は大きく変わらず、一進一退を繰り返しています。日帰り点滴を実施し、少し再診の間隔を空けることにしました。その間は内服薬を何とか頑張って飲ませてもらいます。

血液検査所見
  • BUN:63 mg/dl
  • P(リン):4.8 mg/dl
  • Cre(クレアチニン):2.4 mg/dl
  • WBC(白血球数):48,200 /μL

第20病日

まだ本調子ではないものの、おやつを中心に少しずつ食べてくれるようになったとのことです。ここに来てついに減少し続けていた体重が増加してくれました。明らかに一週間前までとは表情が違っていて、目に生気が戻ったように感じました。ちょっと泣きそうになりましたね。

血液検査では今までずっと高かった白血球数に改善が見られました。この日は皮下点滴をして経過を見ていくことになりました。

血液検査所見
  • BUN:45 mg/dl
  • P(リン):3.6 mg/dl
  • Cre(クレアチニン):1.9 mg/dl
  • WBC(白血球数):19,800 /μL

第28病日

この頃にはドライフードもしっかり食べてくれるようになり、以前のように元気に走り回れるようにまで回復しました。体重も標準ぐらいにまで戻ってきました。元気が出てきた影響なのか、薬を嫌がる余裕が出てきたとのことで飼い主さんとしては嬉しいような困るようなお悩みができてしまいました。

血液検査の結果もかなり正常値に近づいてきました。そろそろ治療のゴールが見え始めてきたような感じがします。

血液検査所見
  • BUN:47 mg/dl
  • P(リン):4.1 mg/dl
  • Cre(クレアチニン):2.2 mg/dl
  • WBC(白血球数):17,500 /μL

第42病日

もういつも通りの元気さで、毎日暴れ回って大変だと嬉しい悲鳴をいただきました。今日は経過観察の血液検査の日です。結果はほぼほぼ正常と言っていいぐらいのものでした。内服薬を継続して、次の再診でどうなるか見ていきましょう。

血液検査所見
  • BUN:32 mg/dl
  • P(リン):4.0 mg/dl
  • Cre(クレアチニン):1.8 mg/dl
  • WBC(白血球数):15,800/μL

第58病日

治療開始からおよそ二ヶ月が経ちました。体調はまったく問題ありません。今日は経過観察の日ですが、血液検査の結果はまったく異常なしと言っていいものにまで改善しました。

内服薬の投与を中止し、この日を最後に治療を終了しました。

治療まとめ

その後の経過

今回「イブプロフェン中毒」の治療をおこなったポメちゃんは、現在も元気に過ごしていて、たまに予防接種などで来院して元気な顔を見せてくれています。急性腎障害は重症度によっては慢性腎不全に移行してしまって、いわゆる後遺症が残ってしまうこともあります。そうなった場合は生涯に渡っての治療が必要になりますし、場合によっては大きく寿命を減らしてしまう可能性すらあります。

おそらく頭痛薬を二錠飲んでしまったとのことですが(成人の規定量=一日に三錠)、たったそれだけでもこんなに大変な事態に発展しますので動物の誤食には本当に注意してくださいね。

費用について

今回治療費として請求した金額はトータルで17万円程度になりました。点滴や血液検査を繰り返しおこなうとどうしても治療費は高額になってしまいます。それゆえに腎臓病のように定期的に治療のための点滴やモニタリングのための血液検査が必要な疾患の治療は費用が積み重なって重い負担になる傾向にあります。

幸いにもこのポメちゃんはペット保険にしっかり加入してもらっていたので、三割程度の自己負担で済んだようです。

このようにどれだけ健康で元気な子でも、いつどんなトラブルに巻き込まれて治療が必要になるかは予想がつきません。必要になってから保険を探し始めても遅いので、獣医師の立場としては治療の幅を狭めないためにもペット保険への加入を強くオススメします。

保険会社の回し者ではありませんが、いざという時のために保険加入はオススメですね。
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