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【獣医師が教えます!】もし愛猫が「FIP」と診断されたら

こんにちは、獣医師Aです。

みなさんは「FIP」という病気を聞いたことはあるでしょうか?

ネコを飼ったことのない方にはおそらく聞き馴染みがないでしょうし、ネコを飼っている人でも聞いたことのない方もいるかと思います。

FIPはネコに発生する病気の一つで、場合によっては命に関わることもあるものです。

ある日突然、調子が悪くなって病院に連れて行くと「FIPなので予後は厳しいです。」と宣告されることもあり得るでしょう。

長年の間、治療法はないと言われていたFIPですが、ここ数年で取り巻く環境が大きく変わりつつあります。

今回はそんなFIPについて最新の情報(2023.9.20現在)をご紹介したいと思います。

目次

FIPについて

FIPの正式名称は猫伝染性腹膜炎:Feline Infectious Peritonitis です。「伝染性」と言う通りコロナウイルスの一種を病原体とする感染症であることが知られています。FIPを発症した猫は様々な症状を起こし得るのですが、代表的なところでは全身の血管炎や肉芽腫形成、それに伴う腹水貯留などがあります。

FIPの原因となるFIPウイルス:FIPVは自然界には存在しないウイルスであり、もともとはネコに対して軽度な下痢を起こす程度の猫腸コロナウイルス:FECVと言われるウイルスでしかありません。しかし、このFECVがネコの体内でFIPVに変異することによってFIPを発症することが明らかになっています。

このFECVは糞便中に排出され、他のネコに簡単に感染してしまいます。当然、多頭飼育をしていれば全頭に感染してしまうでしょう。ですがFIPVに関しては現在のところ感染能力は明らかにはなっていません。多頭飼育の中で一頭がFIPを発症したとしても、その他のネコは発症していないってこともよくあるのです。しかし、多頭飼育施設での集団発生例も報告されていることから、FECVに比べると感染力は落ちるものの水平感染は起こり得ると現在は考えられています。

一説によると日本で飼育されているネコの30-40%程度がFECVに感染していると言われており、ブリーディング施設やペットショップ、猫カフェ等の多頭飼育施設ではその感染率はさらに高くなると考えられています。そしてFECVに感染しているネコのうち少数ながら数%のネコはFIPを発症してしまいます。

このFIPVへの変異のメカニズム・条件は完全には明らかにはなっていない部分もありますが、若齢もしくは高齢、何らかのストレスがかかる環境で発症しやすいことが知られています。私が今までに診断してきたFIP症例もかわいそうですがほとんどが1才未満の子ネコでした。そして発症したタイミングはブリーダーさんから引き取った直後等のストレスがかかるタイミングでの発症が多い印象です。

そもそも感染症ならワクチンで防げるのでは?という疑問もあるかもしれません。しかし、FIPVはその生物学的特性からワクチンによる感染制御が困難であり、現在までに有効なワクチンは開発されていません。

以上の特徴からFIPは発症を防ぐことは難しく、致死的な経過をたどることからネコにとっても獣医師にとっても脅威となり続けてきたのです。

治療について

従来の治療法

一般的に病気に対しての治療アプローチは「原因療法」と「対症療法」に分かれます。原因療法はその病気の根本的な原因を解決するためのアプローチですね。例えば感染症であればその病原体を倒すための治療が原因療法にあたります。

一方で対症療法とは起こっている症状を軽減させるためのアプローチです。例えば嘔吐が止まらないのであれば吐き気止め、咳がひどければ咳止めを投与しますよね。症状を和らげることはできますが、原因の解決までは至らないのが対症療法の特徴です。

この二つの異なる治療アプローチを組み合わせて一般的な病気の治療は行なわれますが、長らくFIPに対する有効な原因療法は存在しませんでした。つまり、腹水が溜まって苦しければ腹水を抜いたり、炎症を抑えるために抗炎症薬を投与して症状を和らげることはできるのですが、FIPVという「原因」に対して有効な治療法がないために完治は見込めませんでした。

GS-441524の登場

「FIPは治らない」— この流れが変わってきたのはここ数年の話です。

当時はその存在自体が関係者にもほとんど知られていなかったGS-441524という薬剤がFIPに有効だと明らかになってきたのです。最初は噂程度のレベルでしかありませんでしたが、治療例も徐々に報告されるようになってきたことからその有効性に関しては疑いようがありませんでした。

このGS-441524という聞き慣れない薬剤は簡単に言うと抗ウイルス剤の一種であり、関係者の中ではGS製剤なんて略して呼んだりもします。

いわゆる「特効薬」が発見されたのですから、これでFIP治療は一気に進み始めると思われました。しかし、このGS製剤にはある重大な問題があったのです。

それはその当時、市場に出回っていたGS製剤のほぼ100%が特許を侵害している違法なモノであったという事実です。

具体的な説明は控えますが、某国の怪しい企業がサプリメントと称してこのGS-441524が含まれる薬剤をかなりの高額で流通させていたのです。当時はGS製剤を入手するにはこの製品以外に選択肢がありませんでした。

苦しんでいるネコが実際にそこにいて、有効性の高い薬も入手できるようになってきているのに、ソレを使うということは特許侵害を黙認しているばかりか、人の弱みにつけ込んでお金儲けをしようとする人間に莫大な利益をもたらす結果に繋がるのです。獣医師として、一人の動物愛好家として苦しい時期でした。

一部の動物病院ではこのGS製剤の入手ルートを確立して、新たなFIP治療法に取り組んでいきました。当然、請求する治療費は薬剤の仕入れ値に応じて高額にせざるを得ないのでトータルで数十万、場合によっては百万円を超えることもあったでしょう。薬の性質上、保険の適応外になりますからその全てを飼い主さんが負担する必要があります。

悲しい話ですがその治療費を聞いて治療を諦めざるを得なかった飼い主さんもいたかもしれません。FIP治療のためのクラウドファンディングが乱立して問題になった時期でもありました。

最新の治療法

さて、現在のFIP治療についてですが、状況は大きく改善したと言っていいでしょう。

大きく分けると3つの点が変わりました。

  1. 新薬の開発による治療の選択肢の増加
  2. 特許を侵害していない薬剤を合法的に入手可能に
  3. 薬剤の購入費用が安価になり、治療費も抑えられるようになった

動物の治療薬には基本的に人用の薬剤を流用してきた歴史があります。薬剤の開発には当然、製薬会社や研究機関が関わってくるのですが、「新薬の開発」という事業には莫大な投資が必要になってきます。そうなるとその投資に見合うだけの利益をその後得られる見込みがないと研究開発は成り立たないのです。

残念ながらまだまだ獣医療の領域では投資に見合うだけのリターンが市場規模的に得られにくく、人用の薬剤を使用することも多いです。

そんな中で2020年頃から全世界で「新型コロナウイルス感染症」が爆発的に流行し始めました。皮肉なことにこの新型コロナに対抗するために世界的に抗ウイルス薬の開発が進んだおかげで、思わぬ形で獣医療がその恩恵を受けることとなったのです。

レムデシビル」という薬剤の名前を聞いたことのある方も多いと思います。これは日本で初めて新型コロナ治療薬として認可を受けた薬剤として知られています。

このレムデシビルはなんと生体内でGS-441524へと代謝変換される、いわゆるプロドラッグと呼ばれるものなのです。つまりFIPVへの有効性が確認されているGS製剤と同系統の薬効が期待できる上に、この薬剤は注射薬なので食欲不振のネコに無理やり経口投与しなくても点滴といっしょに投与することができるのです。

その後、レムデシビルとGS製剤の組み合わせによる治療例も多数報告されてきており、その有効性も確認されています。何よりも合法的に入手可能かつFIPに有効な薬剤が供給されるようになったという点において大きな進歩であったと言えますね。

さらに新型コロナ治療薬として知られている「モルヌピラビル」もレムデシビルと同様にGS-441524のプロドラッグであるため、FIP治療への有効性が期待されています。モルヌピラビルの治療例はまだ少なく十分なデータが出揃っていないことや、人医療での副作用が報告されていることからまだまだ治療データの積み重ねが必要ではあります。

しかし、このモルヌピラビルを使う最大のメリットはFIPへの有効性が期待される薬剤の中では圧倒的に安価かつ安定的に入手できるという点です。

この薬剤は新型コロナ治療薬として、主に低所得国への普及を広めるためにジェネリック化が推進されているのです。これにより世界中の複数の製薬会社で製造されるようになったため、安価かつ安定的な供給が実現することになりました。

GS-441524も現在は特許の問題を解決して、以前よりは常識的な薬価で販売されるようになりました。

これらの薬剤の流通によりFIPはもはや「治らない病気」ではなくなりつつあるのです。

もし愛猫がFIPと診断されたら

もし、あなたの愛する大切な家族が「FIP」と診断されたら。

その日はおそらく、ある日突然来るのだと思います。

現状の飼育猫におけるFECV保有率を考えると多くのネコにそのリスクはあります。その時、あなたはどうしますか?

以前ならば治療の手立てはありませんでした。苦しみしかないのならと、安楽死の対象になることすらあり得る病気でした。

しかし今は治療法があるのです。ですが、まだ全ての動物病院・獣医師に十分な知識や経験は伴っていないと思われます。まだまだこれからデータの積み重ねが必要な治療法なのです。

まずはかかりつけの獣医さんと相談してみましょう。この病院で「治療」は可能か?費用はいくらくらいか?薬の取り扱いはあるか?

気になることは何でも聞きましょう。命に関わることなのですから。それで嫌な顔をするような獣医さんならそもそも信用できませんよね。

もし薬の取り扱いがなかったり、治療の経験がないと正直に言ってくれる場合には、治療経験のある病院を紹介してもらえるか聞いてみましょう。

もし紹介してもらえないのであれば、自分で探すしかありません。今はホームページにFIP治療外来がある場合は明記してくれている病院も多いので、ネット検索してみましょう。

重要なことは、もし治療を始める場合は一日でも早い方がいい、ということです。

有効な治療法が見つかったとは言っても、FIPを発症すると一日一日の消耗は激しいです。一日でも早く治療を開始することが生存率を上げるために何よりも重要なのです。

治療費のことを聞くと、どうしても迷ってしまうこともあると思います。ですが、迷ってる暇はないんです。

もし、あなたがそんな決断に迫られたとき、この記事が思考の整理や決断の後押しをお手伝いできれば幸いです。

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